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魔女の遣いの追想   

気がついたのは泥のような闇の中だった。
ママは、一体どこだろう?
僕はまだ眠っていた筈なのに。
そんな事を考えることができたのはほんの僅かな時間だけだった。

頭の中に急に何かが流れ込んできた。
苦しい、妬ましい、哀しい、憎い、憎いにくいにくいニクイ
どろどろとそんな感情が流れ込んできて、あっという間もなく僕は深い泥の底の方に引きずり込まれていく。

まま、まま、たすけて、たすけて、たすけて
たすけて、だれか、だれでも、いいから、たすけて・・!


その声が届いたのかどうか。不意に、僕は誰かに手を掴まれて泥の中から助け出された。
その手を掴んでいたのは赤い服を纏った・・・酷く傷だらけで血に汚れた服を纏った女の人だった。
彼女はにっこり微笑んだ。

「憎らしいですか?妬ましいですか?」

「え」

「可哀想な、仔ウサギちゃん。望むならあなたに教えてあげましょう、あなたの事も、この世界の事も、そして」

微笑みを浮かべた口元がさらにニィと引き上がり歪む。
それは例えるなら獲物を前にした狼のようで。

「そうその果てに望むのなら、復讐の、やり方も」





その日は雪の日だった。
僕がこの世界に訪れたのはこれが初めてだったから翌日以降もここに居なければ僕はここが雪の降る世界だと思い込んでいたかもしれない。

「・・・・さむーい・・・・なんで僕がこんな・・・・」

ぶつぶつと小言を呟き目的のその家の前に立つ。
幸いこの家は街のはずれ近い場所にあるようで周りに人の姿は少なかった。
クイーンの命令では手段は問わないのでこの家に住む家主を攫ってこい。
それだけなら楽なのだがもうひとつ、知り合いの魔女から脅迫に近いお願いをされた。
その人間に傷はつけるな、と。

つまり僕は傷もつけず、穏便に、交渉してこの家の家主である人間を連れ出さなければいけなくなった。
非常に面倒くさい。
というか、そんな無茶苦茶な要求をしてくるぐらいならあの魔女がやればいいんだ。
そんな事を思いつつそれも言えない身分であるわけで・・・。

さて、どうするか。
そんなことを考えながら僕は何気なくドアノブに触れた。
触れたその瞬間、手から身体に電流が走ったような衝撃を感じて僕はその場へと倒れ込んだ。
「な・・・・・」
霞んでいく意識の中、触れた手を見る。
そこには痣のように光る文字が浮かんで、消えた。
それは、例の知り合いの魔女が以前に使っていた古い文字によく似ていた。
もしかして、担がれた・・・?
それ以上は何も考えることができず、僕の意識はそのまま途絶えた。



かくして僕は間抜にも呪われてしまった。
そして事もあろうに拐う予定であったその人、コゼットと名乗る彼女に介抱されてしまった。(以下はコゼットを先生と呼ぶ事にする)

後から確認したところ、その魔女曰くそれは古い呪術だということだった。
(ちなみに魔女はその件については曖昧に濁すだけで関与の肯定も否定もしなかった。)
呪いと言っても限定的なもので、悪意を持ち、先生の近くに寄った時のみ発動する呪いと言うべきか。
この呪いは彼女の身体そのものにも張られていたようで、どちらかと言えば彼女を守るためだけに存在している呪いだった。

彼女の近くに居た時のみ僕は力を抑えられ、魔法が発動出来ない状態となってしまった。
つまりは僕一人ならば元の世界との行き来は可能だと。
そしてその呪い自体永久的に続くものではない、と魔女はそういった。


結果僕は呪いが解けるまでの期間先生の元に手伝いとして居候することになって、この街にあまり雪は降らない事を知った訳である。
このコゼットという人物は一見無表情で近寄りがたく見えるのだけれど随分とお人好しだった。
僕を疑わしく思う割にはあれこれと世話を焼いて面倒を見てくれた。

ただ料理だけは苦手なようで一度出てきた料理はもう思い出したくはない。
お陰でというべきなのか僕の方の料理の腕前はすっかり上達した。
元の世界で全く役に立たないスキルな為微妙な気分だ。

不本意ながら始めた居候生活だったけれどこれがなかなか居心地は良かった。
元の世界にいるより、ずっと。

たまに不用意なことを呟いた時に飛んでくる鋏は恐かったけど(その技術をどこで身につけたのかは疑問だ)クイーンに定期報告に赴き居候先のこの家へと帰ってくるとほっとしている自分が居るのは事実だった。
クイーンは苛々と成果を求めるけれども魔女の方はどこか現状に安堵しているようにも見えた。
案外、このままでもいのではないか、この家での生活がいつまでも続けばいいのに、なんてそんな事を思い始めた時にその変化は起きた。

何度目かの元の世界へ帰った時だ。久しぶりに顔を合わせた人間に見覚えのない写真を一枚手渡された。

それはどうやら記念写真のようだった。
そこに写っていたのは姿の変わらない服装だけが幼い様子の先生と、若い女性が二人。
一人は見覚えはないが見当はついた。
クイーンが憎んでやまないと言っていた彼女、先生の義理の親、先生の、先生。
そしてもう一人。魔女、ユマ・ミシェリアの姿があった。


目の前の人間がにこりと微笑み芝居じみた、わざとらしい言葉を紡ぐ。

「真実を知らずに絶望するか、真実を知って絶望するか、あなた、どちらが幸せだと思いますかぁ・・・?」

あの日、僕に囁きかけた狼の声が響く。

「私はですねぇ・・彼女にも知る権利はあると思うのですよぅ?自分の真実。誰かの真実。残酷だから塞げ、選ぶ権利を取り上げてそれが彼女の為だなんてぇ・・・魔女さんはちょっと理不尽かなぁ、とおもうんですよぅ?」

消えそうな薄い姿なのに強い意思を持った声。
まるで僕を試すように狼は僕を見る。

「あなたのクイーンは彼女にまだご執心なようなのでぇ、こちらは暫く問題なさそうです。だから、ゆーっくり考えてみるといいと思いますよぅ?仔ウサギちゃん」

それだけ言い残して狼はこちらを振り返りもせずにその場から消え去った。
後には写真を手にした僕だけが残された。

暫く悩んでから、僕は先生にこの写真を見せた。
結果として、この写真のお陰と言うべきか、僕的には写真のせいと言いたいけれど。
先生は忘れていた事を少し思い出した。
物事の進展。僕にとっては、あまり嬉しくはなかった。

だって、先生が再び動き出してしまったら、自ら望んで、ユマ・ミシェリアに会いに行こうとしてしまったら。
呪いが解けるその頃には終わってしまうのだ。
それを嫌だと思う気持ちと、あの狼の言葉。
先生にも、知る権利はあるのだと。

真実を知らずに絶望するか、真実を知って絶望するか、そのどちらが幸せなのか。
その言葉の意味を全ては理解は出来ないけれど、それでも、選ぶ権利はあるのではないかと思う。かつての僕のように。
狼の手を取った僕のように。


先生は、知りたいのだろうか・・・?
その先に何があっても、知りたいと思うだろうか・・?

わからない、僕は先生にどうなって欲しいのだろうか?







「あなたの母親は、お腹の中のあなたをここに捨てて、先代の女王を殺し女王になりました。」
「あなたの父親は、殺された後に私の体を乗っ取り奪った先代の女王の側に着きました。あなたが宿った事には興味すら抱いていなかったようです。」
「私もあなたと同じ、不要なものとしてこんな掃き溜めの泥の中に捨てられた。」

「ねぇ、あなたが復讐を望むのなら、私と取引しましょう?あなたが女王様を、私が先代の女王を殺せるように」
「選ぶのはあなたです。このままこの泥の一部になるか、それとも一緒に戻るか」
「どうしますか・・?仔ウサギちゃん」

by sumomomoti | 2012-02-23 01:29 | モール・モール 駄文

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